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日本ウッドデッキ協会からコラム

ブラジルの光と影 その10

2019年10月14日

ブラジルの光と影 - ボルソナロ新大統領 (その10)
「ボルソナロ大統領とモロ判事」
ブラジルの政界のことを書くのは、苦手だアマゾンの山奥で木材仕事をする私のテーマではない。
ところが、モロ判事が新政府の法務大臣になるというニュースが飛び込んできた。
新聞見出しは、「モロ氏は、ラバジャットのモデルを、今後の仕事のやり方とする」と言う、脛に傷持つ政治家たちにとっては、聞き捨て出来ない、ゾッとする言葉である。

セルジオ モロというタリア系の45歳のブラジル人。 この判事は、この4年間、ルーラの汚職容疑捜査でいつも報道されていたから、興味を持っていた。
どのような経歴で人柄は? LAVA-JATO(ラバジャット)は?? などは、YOUTUBEの日本語版で詳しく書かれているから省略する。私の注目点は、以下である。
(1)45歳の中堅の裁判官が、何故、国民的人気が大変高い、元、大統領の汚職犯罪審理を4年間近く担当して、有罪犯罪を与え、最後には逮捕、監獄まで進めていったその強い心は、どこから来たのか??
(2)「まあまあ、、適当に、、」といった考え方が強いブラジルで、彼の上司たちは、
モロの仕事にブレーキを掛けなかったのか??
(3)2年ほど昔、アメリカの有名な某雑誌が、恒例の「今年の世界の有名な年男」を選んで発表した。10人、そのほとんどが、年配の政治家、実業家だった。
唯一の例外が、「45歳の公務員」のモロだった。
しかも、パラナ州クリチバ市の地方都市の判事に過ぎない男。
彼の何が、世界的に有名な報道のプロたちの興味を引き付けたのか?
モロは、寡黙で控えめ、勤勉な男、ワインと葉巻を愛する男、「汚職はルール 社会の潤滑油」であり、「最後は、ピッツアとビールで終わる」という「まあまあ社会」のブラジルで、自分の将来を考えずに、身の危険も考えずに、ひたすら「大統領の犯罪」に取り組んでいった男の「心意気」は??
彼の人生の何がそうさせたのか??

パラナ州は、彼が生まれた40数年昔は、ブラジル最大の農業州だった。
当時のブラジルの輸出製品、コーヒーの産地だった。
その頃、「棄民」と呼ばれた純真な心の農業者達が、日本政府の、「君が世界の食料増産のために行くのだ!!」の掛け声に背中を押されて,50日間の船旅に乗り組んで行った。
満州開拓の引揚者、戦後の混乱の犠牲者たちなどブラジル移民になるしか生きていく道はなかった人々だった。
そして、家族そろってたどり着いた目的地は、それまで、アフリカから奴隷売買で連れてこられた黒人達が働いていたコーヒー農場、彼らの汗と涙が染みついた土壁の、電気も水道もない粗末な住居だった。
宗主国、ポルトガル皇帝が奴隷輸入を禁止して、その代替労働者の日本人棄民の生きていく道だった。
世界の食料増産の「輝かしい旗」は、どこにもなかった。
彼らの心の支えは、「天皇であり、自分は日本人だ」と信じる心のみだった。
自宅には、天皇皇后の額縁をかざり、日本の宗教行事はすべて日本人社会で行った。
日の丸掲揚、国歌斉唱は欠かさなかった。
そして日本の敗戦があり、戦後の復興と経済発展が起こり、祖国日本は、恐ろしいスピードで変化していった。
ブラジルの日本人たちも、その流れに乗って、どんどん変化していったが、その中心で「核」となったのは、棄民と呼ばれた初期の移住者たちの「心」だった。
言葉も分からない、生活も風習も何もかも異なるブラジルの生活。
その中で生き抜いて行くためには、「言葉よりも、才覚より」も、自分に生まれつき備わっている「日本人」の心のみを大事にして、その考え方に愚鈍に従って生きて行くことが、このブラジルで生き抜き、成功に繋がる道であることに気が付いた。
「正直」「勤勉」「まじめ」「研究心」。そして、言葉も話せず、厳しいコーヒー栽培労働に必死で食らいついて行った「棄民」たちは、周囲のブラジル人農業者たちから「農業の神様」と称えられ、その真摯な生活態度も加わって、イタリアやドイツの先輩移住者たちよりも、ブラジル社会で尊敬される移住者になっていった。

そうした日本人移民たちが生きて行く姿は、当時の、まだ小さかったパラナ州の農業者者社会では、周囲のブラジル農業者達の興味を引く存在となった。
それがやがては、ブラジル中にも広がっていき、このエッセイでも述べた、「ブラジル国民の1%にも満たない日本人は、一般ブラジル社会では、30%にも及ぶ在感を与えている」と言われる様になった。その様な日本人に対する興味と尊敬を、モロは若き頃から持ち続ける様になったのではなかろうか?
極めて大胆な想像だが、モロが大統領の犯罪捜査に、自分の信念をもって突き進んで行ったその心の支えは、幼いころから毎日の生活で見聞して来た「日本人移住者」達農業者の「強い心」だったのではないか?と思う。
働き盛りの年齢、「モロくん、まあそこまで突き詰めなくても良いじゃないか」との上司のとりなしにも、自分の信念を貫いて行ったんではないのか?
アメリカのジャーナリストは、ブラジル社会を他の人種のジャーナリストよりも深く理解する。その彼らが、大統領の犯罪に切り組む一人の判事を、単に好奇心、記事の見出しを飾る目的のみで、世界の10人の一人に選んだ訳ではあるまい。
この記事に書く、私の無鉄砲な想像と同じ様な思いを持った国際ジャーナリストも居たのかも知れない。

さて話は脱線した。「新大統領ーボルソナロ」について書く積りだった。
63歳 サンパウロから100km奥地の工業都市、カンピナス州生まれ。
学校を卒業後した頃、不景気で職がなかった。よって、仕方なく軍隊に就職した。
しかし、給料が安い、それにクレームして抗議した。
そして、35歳の時に、市会議員に立候補、当選。37歳の時、国会議員に立候補、当選。カバンもチバンもない一回の議員が、その後どの様にして「生き馬の目も抜く政治家の社会」で、今までやって来て、そして大統領まで駆け上がったのか、私は全く知らない。いかにもブラジルらしい出世物語だ。
その男が、なんの政治経験もないモロを法務大臣に抜擢した。
そして、今後インタビューされる機会の多いモロを読んで、ブラジルの政治事情に疎い私のエッセイのカバーをしていただければと願います。
それする事によって、「ブラジルのトランプ」と呼ばれる新大統領の人間性を判断されることを勧めます。
長井 一平。「ブラジルの光と影」: 第10章。